ビールと湖と静けさと〜日光・中禅寺湖での小さなぜいたく

東照宮のきらびやかな社殿と、中禅寺湖の静かな水面。そのどちらも楽しめるのが、日光という場所の懐の深さだと感じます。人気の観光地ですが、多くの見所を忙しなく回るのではなく、湖畔でゆったりくつろぐ――そんな「何もしない時間」を楽しむ大人の二日間の旅を書き留めました。

 

東武線に揺られて、大人の日光へ

まだ夏の名残がある9月のある日、東武電鉄に乗って日光へ向かいました。子どもの頃に来たことがある日光ですが、「大人として日光を味わう」のは今回が初めてです。車窓の景色をぼんやり眺めながら、「今日はあまり詰め込みすぎず、のんびりしよう」と心に決めていました。

東武日光駅に着いてホームに降りると、いきなり目に飛び込んできたのが、蒸気機関車C11 325。「ふたら」と書かれた丸いヘッドマークを掲げて、夏空の下で黒い車体が堂々と停まっています。隣には東武の特急列車。ホームには、スマホやカメラを構えた鉄道ファン、家族連れ、静かに眺める年配の夫婦……。

今回はこのSLに乗る予定はありませんでしたが、「いつかはあれに乗って、ゆっくり鬼怒川あたりまで行ってみたいな」と、早くも次の旅の妄想が始まります。

 

東照宮は“全部盛り”ではなく“つまみぐい”

日光といえば東照宮。とはいえ、境内すべてを回る体力は正直あまり自信がありません。今回は「欲張らない東照宮」をテーマに、ポイントを絞って歩くことにしました。

入口の大きな石碑に「東照宮」と刻まれ、その向こうに杉並木と参道を行き交う人の流れ。ここに立つだけで、「ああ、日光に来たな」と実感します。

人混みをかき分けるように進みつつ、どうしても外せない「三猿」だけはしっかり押さえました。「見ざる・言わざる・聞かざる」だけでなく、その前後に続く猿たちの物語にも目をこらすと、人生の喜怒哀楽が小さな彫刻の中にぎゅっと詰まっていることに気づきます。若い頃はただ「有名な彫刻」として眺めていただけでしたが、50代になって見ると、「ああ、この猿はちょっと疲れた顔をしているな」「ここで踏ん張っているのかもしれないな」と、妙に自分に重ねてしまいます。

陽明門の前に立つと、やはり圧倒されます。金と白を基調に、鶴や獅子、武将たちの彫刻がびっしりと施されているのに、不思議とまとまりがある。豪華絢爛という言葉は知っていても、実物の前では「これはもう、すごい」としか言えません。

境内の一角には「ガンプラ」の大きな看板。東照宮限定の特別仕様らしく、「一機 8,300円」と手書きで値段が書かれていました。ガンダムど真ん中世代としては、こういうコラボにはちょっと心をくすぐられます。徳川家康とガンダムが同じ空間にいる感じは、冷静に考えるとかなりカオスなのですが、それもまた2020年代の日本らしい風景なのかもしれません。

東照宮は本気で回ろうとすると、階段も多く、かなりの体力勝負になります。今回は「有名どころだけしっかり見て、あとは無理をしない」を徹底しました。

 

中禅寺湖畔のホテルで、静かな時間を味わう

東照宮から車でいろは坂を上り、中禅寺湖畔のホテルへ移動しました。湖のすぐそばに建つクラシックな雰囲気のホテルで、部屋の窓からは、木々の間に湖のきらめきが見えます。

荷物を置いて一息ついたら、まずは部屋飲み。テーブルの上には日光のクラフトビール「三猿麦酒」。窓の向こうには緑の木々。グラスに注いだ淡い黄金色のビールが、午後の柔らかな光を受けて静かに輝きます。

一口飲むと「ああ、旅先で飲むビールは、どうしてこんなにうまいんだろう」と、ベタな感想が素直に浮かびました。「いい景色をつまみに一杯」という時間は、年齢を重ねるほどに価値が増していく気がします。

ホテル内には天然かけ流し温泉もあり、早朝まだ人の少ない時間に暖簾をくぐり、湯船につかりながらぼんやりと旅程を考えてみたりしました。

 

 

早朝の中禅寺湖を歩く——これだけで来た価値があった

翌朝、まだ空気がひんやりしている時間に、湖畔へ出ました。
朝の湖は、風もほとんどなく、湖面は鏡のよう。対岸の山並みがくっきりと映り込み、「上下がどちらかわからなくなる」ような不思議な感覚に包まれます。

水際ぎりぎりまで近づくと、透明な水の中に小石がはっきり見えます。黒い砂利の浜辺には、カバーを掛けられたボートが一艘。湖畔の野草の小さなピンク色の花が、朝の光を受けて揺れています。その向こうに、静かな湖と山。

この景色を目の前にした瞬間、「これを見るためだけに、ここまで来てもよかった」と素直に思いました。観光名所をいくつ回ったかよりも、こういう「心に残る一場面」が一つあれば、その旅は成功だと感じます。



 

テラスでコーヒー、湖上にはSUP

朝食後は、湖を望む長いウッドテラスのある「中禅寺湖畔ボートハウス」へ。テラスではコーヒーを飲みながら、澄んだ湖と山並み、青空が広がる景色を楽しめました。

湖面には、スタンドアップパドルボード(SUP)でゆっくり進む人の姿。別のところには遊覧船、そのさらに奥にはテントを張ったキャンプサイト。

湖の楽しみ方が、世代ごとに違っているのが見ていて面白く感じました。若い人たちはSUPで水の上から景色を楽しみ、自分のような世代はテラスでコーヒーを飲みながら眺める側に回る。でも、どちらも同じ湖を共有している。その「同じ空間を別々の速度で過ごす」感じが、なんとも心地よかったです。



 

華厳の滝で、子どもの記憶と今の自分を重ねる

湖畔をひとしきり歩いたあとは、華厳滝へ。子どもの頃にも来たことがあるはずなのですが、記憶は断片的です。「滝が大きかった」「人が多かった」というくらい。

展望台から眺める華厳滝は、やはり迫力があります。深い緑に囲まれた断崖から、一本の白い水の筋がまっすぐに落ちていく。水の轟音が、身体の奥に響きます。

滝壺近くまで行けるエレベーターには、長い行列。今回はあっさり諦めて、上からの眺めだけを楽しみました。若い頃なら、「せっかく来たんだから、並んでも下まで行こう」と思ったかもしれません。

 

英国大使館別荘で、“何もしない贅沢”を思い出す

最後に訪れたのが、「英国大使館別荘記念公園」。湖畔に建つ別荘が公開されていて、中に入ることができます。

室内には、この湖畔のテラスに座る吉永小百合のポスターが置かれており、その向こうには実際のバルコニーと中禅寺湖畔の森が広がっています。ポスターと現実の風景が重なる構図が面白く、しばらく眺めてしまいました。

長いウッドテラスにはソファやテーブルが並び、大きく開いた窓の向こうに穏やかな湖面と山並み。気候もよく、ソファに腰を下ろしていると、気分は吉永小百合です。

ここでは、特別に何かをする必要がありません。ただ座って、風を感じて、湖を眺める。それだけで十分です。大人になると「何もしない時間」を意識的に取るのは、なかなか難しいものです。でも、旅先でこういう場所に身を置くと、「何もしない」ことが、実はかなり贅沢な行為なのだと再確認させられます。



湯葉とざるそばで締めて、帰り道へ

日光を離れる前に、駅にほど近い食堂で湯葉付き天ぷらざるそばで軽い昼食をとりました。ざるに盛られた蕎麦と、海老と野菜の天ぷら、そして湯葉が並んだ定食は、観光地ならではのお約束メニューですが、歩き回った身体にはちょうどよいボリュームです。

ホームには、行きに見た蒸気機関車の姿はもうありませんでしたが、「次はあれに乗ってみよう」という小さな目標を改めて胸のポケットにそっとしまって、帰りの電車に乗り込みました。