黒いお城と昭和の香り、懐かしさが漂う街・松本

松本という街は、若い頃に「黒いお城のある地方都市」くらいのイメージで通り過ぎてしまった場所でしたが、50代になってあらためて歩いてみると、静かな楽しみが多い「大人向けの街」だと感じました。今回は、そんな松本で過ごした一日半を、同世代の男性目線で振り返ってみます。

 

松本といえば、やはり松本城から

松本駅から北へ15分ほど歩くと、城下町らしい街並みの先に、国宝・松本城が現れます。黒い天守が水堀に映る姿は写真で見慣れているつもりでしたが、実物を前にすると、やはり迫力が違います。戦国末期に築かれた現存天守で、黒漆塗りの下見板張りから「烏城」とも呼ばれる、貴重な五重六階の天守です。

天守内に入るには有料区域に入場する必要があり、大人はおおよそ1,200〜1,300円前後(Webで事前購入の電子チケットか、現地の紙チケットかで少し変わります)。堀の外側の公園部分は無料で、朝晩の散歩だけでも十分気持ちがいいので、時間に余裕があれば二度三度と歩いてみると表情の違いを楽しめます。

 

 

天守閣への道は、50代にはちょっとした登山

天守の中は、休日ともなると入場制限で列ができます。私が行ったときも、天守入口からしばらく、館内の階段待ちの列に並びました。正直、「テーマパークのアトラクションか」と思うくらいの人気ぶりです。

そして、いざ登り始めると、噂どおり階段が急。段差も高く、手すりをしっかり握って登る必要があります。50代になると、こういうときに「膝」「腰」という単語が頭をよぎりますが(笑)、ゆっくりペースで登れば問題ありません。むしろ、段差の高さや傾斜に、かつてここを駆け上がっていた武士たちの生活のリアリティを感じました。

天守の上階からは北アルプスの山並みが一望でき、眼下には整然とした城下町。その眺めを見ていると、「城=観光地」というよりも、「この街の時間の軸」を確認しているような感覚になります。

 

 

夜のライトアップされた松本城

夜になると、松本城はライトアップされ、昼間とはまったく違う表情を見せてくれます。堀の水面に、白く浮かび上がった天守が逆さに映り込み、風が止まった瞬間には、まるで現実と鏡像が継ぎ目なく続いているように見えます。

うっかりすると「インスタ映えするなあ」と写真に夢中になりそうですが、ベンチに腰掛けて、ぼんやり眺めている時間のほうが心地よく感じます。

 

 

ランチは「時代遅れの洋食屋 おきな堂」で

お昼は、「時代遅れの洋食屋 おきな堂」へ。1933年創業の老舗洋食店で、松本駅から徒歩10分ほど、女鳥羽川の手前・中町通りの一角に店を構えています。外観も内装も、いい意味で「時代遅れ」。木のテーブルや椅子、壁のメニュー、少し暗めの照明に、昭和の洋食屋の空気がそのまま残っています。

ここで頼んだのは、名物の「ボルガライス」と「ポークステーキ」。ボルガライスは、オムライスの上にカツとデミグラス系のソースがどっさりかかった、男心をくすぐる一品です。一口食べると、ソースの奥行きが意外なほど深くて、「ちゃんと手間をかけた洋食」という印象。地元食材にこだわり、ハヤシのソースもじっくり煮込んでいるという話にも納得です。

ポークステーキは、脂身と赤身のバランスがよく、ほどよい厚み。量としてはしっかりあるのですが、重たさを感じずに最後まで食べきれました。歳をとってくると、単に「多い」「濃い」だけの料理はきつくなってきますが、おきな堂の料理は、懐かしさときちんと感が両立していて、「これは年齢を重ねても通える洋食だな」と感じました。

 

 

ナワテ通りの「カエルの商店街」をぶらり

腹ごなしに向かったのは、松本城のすぐ近く、女鳥羽川沿いの「ナワテ通り」。石畳の小さな商店街で、両側にレトロな木造の店が並びます。かつてこのあたりの川辺にはカエルが多く、「カエル(帰る)」にかけて「無事に帰る」「福が帰る」の縁起を担いで、通りの入口にはカエルの像がドンと構えています。

通りには、せんべい専門店、たい焼き屋、古道具屋、陶器の店、鉄瓶や急須を扱う店などがぎゅっと詰まっています。たとえば、川沿いにあるせんべい屋では、醤油ベースながら辛口・甘口・七味入りなど、味のバリエーションが豊富で、試食をつまみながら歩くだけでも楽しい時間です。ほかにも、カエルの小物や置物を扱う雑貨屋がいくつもあり、「財布に入れておくとお金が“カエル”」というストーリーを聞きながら、つい一つ買ってしまいました。

こういう小さな商店街は、若い頃は「観光客向けでしょ」と素通りしがちでしたが、一軒一軒の人生(店生?)を想像しながら覗き込むのが楽しくなります。古びた棚やガラスケースに、店の年輪が見えるような気がしました。

 

 

食後の一服は「珈琲美学アベ」で

歩き疲れたところで、コーヒーを飲みに「珈琲美学アベ」へ。こちらは1957年創業の老舗喫茶店で、松本駅から徒歩数分という好立地にあります。店内はL字型に広がり、カウンターとテーブル席。椅子やテーブルは少し小ぶりで、昔ながらの喫茶店らしい落ち着いた雰囲気です。

ここで頼んだのは、「モカクリームオーレ」と「コーヒーゼリー」。モカクリームオーレは、深煎りのモカコーヒーにたっぷりのクリームが乗った一杯で、苦味とコクの上に、やわらかい甘さがふわっと広がります。甘いものが得意でない私でも、これは「疲れた体にちょうどいい」と感じました。

コーヒーゼリーは、しっかり苦味のあるゼリーに、生クリームと少しのシロップというシンプルな構成。流行りのスイーツというより、「昭和からずっと続く定番」の味で、妙に安心感があります。

 

 

晩ごはんは「居酒屋 一歩」で山賊焼

夜は、「居酒屋 一歩」へ。松本城から徒歩数分の場所にある人気店で、「山賊焼」の元祖の店としても知られています。

山賊焼は、ニンニク醤油ベースのタレに漬け込んだ鶏肉を、豪快に揚げた松本の名物料理。こちらの山賊焼は、衣がカリッと香ばしく、中は驚くほどジューシーで、ビールが止まりません。「唐揚げ」と一言で片付けてしまうには惜しい、しっかりとしたメインディッシュです。

もう一つ印象に残ったのが、丸い「揚げ出し豆富」。外側はサクッと、中はふわふわとろとろで、出汁の香りがふわっと広がります。素朴な料理のはずなのに、「ちゃんと手をかけた一品だな」と感じさせる味でした。ほかの小鉢や刺身もレベルが高く、「どれを頼んでも外れがない店」という印象です。

中年男性の一人旅だと、居酒屋に入るのを少しためらうこともありますが、一歩は一人客も多く、カウンター席で静かに飲んでいても違和感がありませんでした。「仕事で疲れたときに、松本出張を口実にまた来たいな」と思わせる店です。

 

 

「松本市立博物館」で、地獄と十王に考えさせられる

今回の旅で意外とよかったのが、「松本市立博物館」。松本駅から松本城へ向かう途中のエリアにあり、2023年秋にリニューアルオープンした新しい建物で、松本の歴史や文化を3フロアにわたって紹介しています。

訪れたときには、「地獄の入り口―十王のいるところ―」という特別展が開催されていました。地獄絵図や十王信仰に関する資料が並び、「死後の裁判」の世界を、かなり具体的に見せてくれます。

面白かったのは、閻魔様だけが裁判官ではなく、実は十人以上の裁判官の神様がいて、そのうちの一人が閻魔王だということを学べたことです。生前の行いを、さまざまな視点から見られるという発想は、現代のコンプライアンスや評価制度にも通じるものがあるなと感じました。

 

 

お土産は「御菓子処 藤むら」のレーズンクッキー

最後に立ち寄ったのが、中町通りにある「御菓子処 藤むら」。古い蔵造りの建物が並ぶエリアにある和菓子店で、「れぇずんくっきい」が有名です。このレーズンクッキーは、雑誌『BRUTUS』の「日本一の手みやげ」企画でグランプリを受賞したこともある実力派。

バターの風味がしっかりしたクッキーに、ラム酒の香りがほんのり効いたレーズンが挟まれていて、甘さは控えめ。見た目は素朴ですが、口に入れると非常にバランスの良い、大人向けのお菓子です。通販や駅ナカの定番土産というより、基本的にはこの店で買うからこそ手に入るお菓子で、「わざわざ来た」感があるのも嬉しいところです。

職場へのバラマキ用というより、家族や親しい友人に「ちょっといいもの」を渡したいときにちょうどいい。私は自分用にも一箱買って、帰宅後にコーヒーと一緒に楽しみましたが、「あの旅の余韻」をもう一度味わっているような気分になりました。


 

おわりに――大人がゆっくり味わう松本

松本は、観光地としての華やかさと、地方都市としての日常がちょうどよく混ざり合った街だと感じました。松本城やナワテ通りといった定番スポットに、老舗の洋食屋や喫茶店、地元の居酒屋、そして落ち着いた博物館。どれも「派手さ」より「丁寧さ」が印象に残ります。

若い頃のように、あれもこれも詰め込む旅ではなく、気になる店や場所をいくつか決めて、ゆっくり歩いて回る――。50代の男の一人旅には、松本くらいのスケール感と落ち着きが、ちょうどいいのかもしれません。

次に行くときは、季節を変えて、雪の松本城や春の桜の頃に歩いてみたいと思っています。