質実剛健の黒い天守〜宍道湖を見晴らす国宝・松江城

宍道湖のほとりの街・松江に、黒い天守の国宝があります。国宝の天守は全国に5つ――姫路、彦根、犬山、松本、そして松江。先日「黒いお城の街・松本」を歩いたばかりですが、今回は同じ「黒い城」つながりで、島根県の松江城を訪ねてきました。2026年9月上旬、まだ暑さの残る曇り空の日曜日。50代の一人旅です。

 

宍道湖の街に浮かぶ、黒い天守へ

JR松江駅からバスに揺られること10分ほど。堀端でバスを降りると、松の緑の向こうに、黒い天守がすっと顔をのぞかせます。松江城は、松江開府の祖・堀尾吉晴が慶長16年(1611年)に完成させた城。明治の廃城令や戦災をくぐり抜けて天守が残った、全国にわずか12しかない「現存天守」のひとつで、平成27年(2015年)に国宝に指定されました。

黒い下見板張りの外壁と、羽を広げた千鳥のような入母屋破風。別名「千鳥城」と呼ばれる姿は、松本城の精悍さとはまた違う、どっしりと落ち着いた風格です。堀端では堀尾吉晴の銅像が、今も天守を指差して立っていました。

松の緑越しに見える松江城天守

松江城の堀と石垣

堀尾吉晴公の銅像

 

 

大人1,200円、中学生以下は無料

天守に登るには登閣券が必要で、大人1,200円(2026年9月時点)。実は「令和の大修理」――昭和の修理から約70年ぶりとなる天守の大規模修理が2027年6月に始まる予定で、その財源確保のため料金が改定されたそうです。総事業費は約29億円とのこと。400年モノの木造建築を次の世代に引き継ぐための寄付と思えば、1,200円はむしろ安いくらいかもしれません。

一方で、中学生以下は無料。これは粋な計らいです。券売機はキャッシュレス各種に対応していて、松江歴史館との2館共通券(1,520円)もあります。観覧時間は4〜9月が8時30分〜18時(最終受付17時30分)、10〜3月は17時まで(最終受付16時30分)。現地の案内板によると、登閣の所要時間の目安は「1時間30分〜2時間」。展示をじっくり見たいなら、2時間みておいたほうがいいと思います。

松江城登閣案内の料金板
松江城登閣券

 

 

靴を脱いで入る天守、地下には塩の蔵

本丸広場に出ると、黒い天守が目の前にそびえます。入口は、天守に取り付くように建てられた「附櫓(つけやぐら)」。敵の侵入を食い止めるための防御施設で、入っていきなり、これが実戦の城であることを思い知らされます。

松江城の天守は、靴を脱ぎ、ビニール袋に入れて自分で持ち歩くスタイル。靴下越しに伝わる木の床の感触に400年余りの歴史を感じるのは、スリッパの城では味わえない体験です。

まず驚いたのが地階です。籠城に備えた「塩蔵」があり、天守内に井戸まで掘られている。天守の中に井戸があるのは、現存天守では松江城だけといわれます。傍らには、昭和の修理まで大棟に載っていた「旧鯱」も展示されていました。高さ2メートルを超える木彫銅張の鯱で、木造のものとしては日本最大級だとか。観光のための城ではなく、戦うための城。その凄みが、地下にぎゅっと詰まっています。

国宝・松江城天守の全景

天守入口の附櫓

天守地階の井戸

昭和の修理まで使われた旧鯱

地階の塩蔵

 

 

急階段と「富」の刻印〜国宝たるゆえんを探す

階段は、例によって急です。松本城で鍛えた膝と手すりの握り方が、ここでも役に立ちました(笑)。松江城の階段には、軽くて足触りがよく、防火にも優れた桐材が主に使われているそうです(最上階へ向かう階段だけは栗材が中心なのだとか)。館内は左側通行。ゆっくり一段ずつ登ります。

柱や梁に目をやると、「上四ノ三」といった記号が彫り込まれています。「彫込番付」と呼ばれる、建築時の部材の組み立て記号です。ほかにも、何枚もの板で柱を包んで補強した「包板(つつみいた)」、2階分を貫く通し柱を互い違いに配した構造など、限られた資材で巨大な天守を建てるための工夫が随所に見られます。

松江城が国宝になった大きな決め手のひとつが、築城年を記した「祈祷札」が平成24年(2012年)に再発見され、慶長16年の完成が裏付けられたこと。これに加えて、通し柱をはじめとする独自の構造や、近世城郭の最盛期を代表する建築としての価値も評価されました。展示室には、堀尾家ゆかりとされる「富」の字や分銅紋が刻まれた古材も並んでいて、こうした地道な調査の積み重ねが国宝指定につながったのだと分かります。石落としや狭間など、実戦のための仕掛けを確認しながら登るのも楽しい時間です。

松江城天守の急な階段

彫込番付の展示

刻印が残る天守の古材

石落としの内部

 

 

最上階「天狗の間」、宍道湖を見渡す360度

最上階は「天狗の間」と呼ばれる望楼で、四方に壁がなく、ぐるりと360度を見渡せます。眼下には城下の街並み、南から南西にかけては宍道湖の広がり。湖に浮かぶ小さな嫁ヶ島まで見えました。この日は曇り空でしたが、鈍い銀色に光る湖面もまた山陰らしい眺めで、これはこれで味わいがあります……と、負け惜しみでなく本当にそう思えるのだから、歳をとるのも悪くありません。

最上階には、国宝指定書(平成27年7月8日付)の写しも掲げられていました(原本は松江歴史館に収蔵されているそうです)。木の手すりにもたれて風に吹かれていると、かつてここから同じ景色を眺めていた藩主たちの時間と、自分の時間が少しだけ重なるような気がします。

最上階・天狗の間の天井

天守最上階から見下ろす城山公園

最上階から望む宍道湖と嫁ヶ島

松江城天守の国宝指定書(写し)

 

 

城山公園をぶらり〜松江神社・興雲閣・ハーンとセツ

天守を下りたら、城山公園の散策です。二之丸には、徳川家康と松江松平家初代・直政を祀る松江神社。その隣には、明治36年(1903年)に建てられた白亜の擬洋風建築「興雲閣」が立っています。黒い天守のすぐそばに明治の洋館、という取り合わせがなんとも面白い。

公園内には、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と妻セツの記念撮影スポットもありました。セツをモデルにしたヒロインが活躍したNHKの朝ドラ「ばけばけ」をきっかけに、松江はいま、八雲づいています。天守そばの解説板にも八雲の文章が引用されていて、この城と街が、異国から来た文学者の目にどう映ったのかを辿ってみるのも一興です。

ひと休みは二之丸の「ちどり茶屋」で。名物のしじみ汁と抹茶ソフトののぼりに誘われます。そういえば本丸広場では、黒装束の男性が天守を背に延々と逆立ちをしていました。何かの修行なのか、パフォーマンスなのか。謎は謎のまま、そっとしておくのが大人というものです。

松江神社

明治の擬洋風建築・興雲閣

ハーンとセツのフォトスポット

二之丸のちどり茶屋

本丸広場で逆立ちをする黒装束の人

 

 

おわりに〜次は堀川遊覧船と塩見縄手

松江城は、天守そのものの迫力もさることながら、「なぜ国宝なのか」を展示でじっくり理解させてくれる城でした。靴を脱いで、桐の階段を一段ずつ。慌ただしい見学が似合わない城だと思います。

今回は時間の都合で、堀川めぐりの遊覧船、塩見縄手の武家屋敷、小泉八雲記念館、そして宍道湖の夕日を見送りました。令和の大修理が始まると、天守はおよそ2年8か月のあいだ素屋根に覆われます(素屋根の設置・撤去の期間を除けば、修理中も登閣はできる予定だそうです)。あの黒い姿を眺められるうちにもう一度――今度は泊まりで、夕日の時間に合わせて再訪したいと思っています。

木々の上にそびえる松江城天守